『私のJAZZ紀行・上海』

12月の上海はクリスマスを迎えて活気に満ちていた。
どこからやってくるのか、私の泊まっている和平飯店の通りは「南京東路」といい、ただでさえ賑やかな通りに、人々がぎっしりと、以外に静かに、まるでお正月の明治神宮初詣参拝客の行列のごとく、いやいやそんなもんじゃない。なんでこんなに人がいるんだろう…。この通りは途中から歩行者天国になっていて、そこはもう、人が多すぎて、止まることも、戻ることも出来ない位にぎっしり…。買い物をしたくも店に入れない。トイレに行きたくなってデパートに入ることにした。
やっと入ったら、ウインドショッピングの人が多くて、その人々は多分触ったり靴を履いたりしても買わない。また、次に待つ人がいっぱいで多分買えない。もうぼろぼろになりかけて…。

エレベーターの前で待つと地下から乗ってる人でその箱はいっぱい。何回も何分も待ったがすごい列で当分上まで行けそうもない。 あきらめて、近くに牛丼の吉野家をみつけて、お昼を食べながらトイレ…、等と、とっても良い考えだと思って吉野家に入って、当然並んだが…。やっぱり、さっぱり、待つのです。混んでるからね。
先にトイレに行ってみた。並んでやっと番が来たら、もう、水は流れず詰まっていて、紙と汚物の山。すっかり、びっくり!止まっちゃいました。良かったのか、悪かったのか、寒いのか、冷や汗ばかりが出ましたよ。

通りを行列している若い子は頭に光る角をつけたり、光が点滅するかわいいサンタの帽子をかぶったりして、なんとなくクリスマスをお祝いしているのです。多分仏教徒の人が多いのでしょうが、そこは日本と同じでクリスマスは楽しい行事になっているのでしょう。遅い時間になっても行列は続いていました。

上海の街並みはまったく東京と同じで全然違和感がありません。人々はクリスマスの日曜日ということもあり、みんな身奇麗にしていましたし、若者はお洒落でした。
地下鉄は入り組んでいて、でも乗りやすいし安価です。やっぱりぎゅう詰めに混んでいたけれど東京と同じで綺麗でした。 兎に角、今の中国は脅威です。こんなに人がいっぱいいて。
目的もなく休日を日本の30年前の東京の歩行者天国と同じに、ただただ何も考えずに歩いているのです。日本はどんどん人が減っていくのに…。
知り合いの家を探して、若い子に道を尋ねました。綺麗な発音の英語で返ってきました。若い子は皆勉強していますね。日本の若者はどうでしょうか?

さて、音楽事情はというと、北京で演奏したときの事を思い出しました。そして、私達夫婦が泊まった和平飯店の地下の上海バンスキンバンドの聴こえる音を想像すると、あんまり期待はしないで…取り敢えずジャズの生演奏が入っているホテルに出向きました。
30才代のジャズにしては若いバンドがスタンダードを演奏していました。最高級ホテルの37階ですから、それなりにこの中はコーヒーひとつにしても日本のホテル並みの物価になっていました。
演奏も良く勉強してあるアドリブの効いたテナーサックスでした。勿論中国人です。しかし、違和感はありません。彼らも英語で答えてきました。このフロアーの従業員は皆きれいな発音の英語を話しました。北京のホテルの演奏とはレベルが違っていました。何故アメリカナイズされているのでしょうか?

インドネシアに行った時も、若者はGIに憧れていて、アメリカナイズされたがっていた。むやみにレゲエを好んで。
日本と上海が同じと感じたひとつに、土・日曜日の生演奏がこのホテルでは違うバンドになっていたからです。女の子バンド…昔私がヤマハでかかわっていた独特の若い女だけのバンドです。
ボーカルは美しい発音と美しいスタイルでなんとなくお洒落に始まったのですが、ドラムのドコドコやベースのべべベン、ギターの音はチューニングは勿論の事、どうもフィーリングが違うぞ!なぜかベンチャーズ風。
ピアノは…勘弁してよ。
良くボーカルがあれだけ歌えるのか、そっちの方が不思議だった。しかもメインの土曜・日曜日に。しかもクリスマス料金で。 日本も同じですよ、と支配人に言いました。女の子バンドは音やレベルじゃなく飾りだからね、と。
しかし、あのボーカルの彼女は日本に来たらたちまち人気者になると思う。声は良いし、スタイルも品もいい。多分本人は気が付いていないと思うけど…。

みたいな上海旅行でした。


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